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とある双極性障害のぶろぐ

引き続き、精神的に調子が悪いのですが、音楽をかけていると少し軽減されるようです。余計な事考えなくなるからなのか何なのか。

本来24日の明日は月曜で、主治医がいる日だったのですが、振替休日なんですよねーーーー!!!!メンクリやっていませんよね。なんて事だ。

明日何も無く、普通に過ごせれば良いのです。明日も「死」が脳裏をよぎったりだとか、頓服飲みまくりなら、ちょっと主治医の指示をあおぎたい所です。

いや、死にたいより消えたいより、何だろう、この感じ。でも低空飛行なのは事実です。すごくもやもやしているのはわかります。

また鬱状態の時期が来たのですかね。辛いな。

何を信じて生きればいい。

誰か、死は醜いモノだと言ってくれ。

苦痛から逃れられたのだから、とか、あの人はすごかった、あの出来事は永遠に語り継がれるだとか、美徳で飾らないでくれ。

じゃあ、私は、今の状況から逃れる為に「死」という行為を使っていいのか。

友達や親戚の人達が最初は泣いてくれて惜しんでくれて、そしてそのうち、最初からいなかったかのように、私のいない現実を歩むんだろう。

たまには思い出話として話題に出してくれるだろうか。

苦しいのは嫌なんだ。我儘だから。

何書いているんだ。頓服を飲もう。結局薬で保って、それで生きて、じゃあ薬を飲まなくなったら?

あぁ、昔勝手に数日断薬して酷い事になって即、薬をもらいに行った事があるからやはり駄目だ。一生薬とお友達。もう嫌。嫌。薬を飲む前の(歳の所為もあるけれど)体型にも戻りたい。もうずっと同じ事ばかりこのブログには書いている。でもそれが思い。私の思っている事。

こんな家庭ではなかったら何か変わったのかな、私がほどほどの成績だったら、高校の時の恋人にDVを受けなければ、不登校気味の私に父が「努力しないやつは死んじまえ」とドア越しに言わなければ、小さい頃に両親に抱きしめられた記憶があれば、あの時母が離婚出来ていれば、家族の愚痴の吐き場所が幼い私では無かったら、ねぇ、ねぇ、変わったのかな。

自分から過去の所へ行くのはよそう。変えられない。頭の中では、美化されるのかも知れないね。曖昧になっていくのかも知れないね。

今この瞬間何とか生きるしかなくて。

なんで?

でも、私はちょっとした奇跡をまだ望んでいるから、その望みが消えるまでは生きないと。

んんんんんんんんんんすごく葛藤している。

もうね、涙も出ないよ。頓服効いてきているかな。落ち着いてきたかな。

だから、被害者ぶるな。自分が嫌い。過去の所為にしようとしている。

一般的な人生を歩みたかった。私の周りではそういう人達の方が今、幸せそうにしているから。いや、多分ですけれど。

もうわけわからんね、やめよう。ぐちゃぐちゃだよ。

終わらせ方も酷い。

 

あぁ、幸せなんて知らなければ良かった。