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とある双極性障害のぶろぐ

忘れない為に普段書いている手帳にも書き記しておきたいのだけれどまだ筆が進まない。キーボードの方が打てるので、こちらに書く。文章はぐちゃぐちゃ。

 

20日、父の姉、おばさんが行方不明になったとの知らせ。

翌日の21日、おばさんが書いたと思われる遺書と共に遺体で発見されたとの連絡。親戚の家に行き、数時間後警察署でおばさんと対面。焼香?

いつも通りメンタル弱め。激しく損傷。通院日は先だがメンクリに行く事に決める。

22日、メンクリ。待合室で待つが思考はぐるぐる。そもそもおばさんが行方不明になる前から若干不安定だった。呼ばれ、主治医が挨拶してくれたが声が出ずそのまま過呼吸気味になって話せなくなる。主治医に背中をさすってもらいながら深呼吸。段々落ち着きを取り戻し今までの事を話す。略。帰宅。

夜、そーっと庭に出て軒下でしゃがみながら庭の木をぼーっと見つめていた。雨が降っていた。弱まったり強くなったりもしたが止む事はなかった。どこかで止めばおばさんが戻ってくるとでも、自分の気持ちが少しでも楽になると考えていたのかも知れない。

頭の中では色々な事が巡り最悪な事まで考え出したので、これでは駄目だと家の中に戻った。外に出ていたのは30分ほどだったと思う。両親は夕食中だったので気付かれず。

略。両親の優しさが余計に辛かった。

自室で激しく泣いた。涙がぼたぼたぼたぼたこぼれ落ちた。多分これほど泣いたのは久々だったのではないか。感情の整理がうまくつかず。その後もそわそわ落ち着かなく家の中をうろうろしていた。

記憶が曖昧になっていた。自分で自分が何をするかわからなかったので頓服以外の薬とカッターと剃刀を母に預けた。

 

行方不明になった当日、おじさんは一日中、一旦捜索中断?になった後も夜もおばさんを探していた。夜、母と家に行きおじさんが後から帰ってきた時、汗だくで、腕も真っ赤に日焼けしていた。

 

おばさんが見付かって私らが帰宅した後、おじさん宛に私は短いけれどメッセージを送った。

「おばさんはおじさんに愛されて幸せだと思います、etc…」(※正確には少し違います)

幸せ「だった」とはしなかった。

 

あー

ここまで何とか何となく書いたけれど、駄目だ。

ほんとに。ほんとに夢であってほしい。まだ長い夢を見ているのだと。

そう、行方不明になったと聞いた時の私の勘というか、思ってしまった事が、大体当てはまってしまっていて、余計に思わなければ良かった。と。今になってそう考えても仕方がないのだけれど、思ったからその通りになったわけではないのだけれど、それでも、。

 

ようやく書けて少しすっきりしたような。いや、あー……。もうさぁ……。

何だろうね。多分違う形ならもう少し違っていたのかな。

段々苦しくなってきてしまったのでやめよう。打ちミスが多くなってきて消してばかりいる。

楽になれたのかな。おばさんは。

 

自己満記事。。。。。。。。。。。。。。

小説か何かなら良いのにね。なんて。

ひょっこりうちんちに現れてくれないのかな。生まれ育った実家。

色々、あぁ、うん、自分で自分をまた苦しめてる。

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

頓服飲んでちょっと横になろう……。当分引きずりそうだなぁ。あぁ。あぁあぁ。